2026年6月13日土曜日


 手前のギリシャ風の建物は、香港立法局大楼。1912年完成、イギリスの高名な建築家アストン・ウェブの設計。ドームの頂上には正義の女神テミスが。その右横にある石碑は、第一次世界大戦の戦没者を追悼するための和平記念碑。背景には、香港上海銀行(HSBC)本店ビルと中国銀行ビル。

2026年6月12日金曜日


 『恋する惑星(重慶森林)』のエスカレーター!かと思ったけど。『恋する惑星』の舞台となった有名なヒルサイド・エスカレーターが開業したのは1993年。この写真はその数年前...。緑の屋根のデザインは同じだけど、金鐘にあった香港希爾頓酒店に入るためのエスカレーターらしい。

2026年6月11日木曜日


 写真がぶれてしまっているけど、二階建てトラムと二階建てバス。

2026年6月10日水曜日


 香港、ピークの麓から。左側のビルは当時、開業したばかりの中国銀行タワー。

2026年6月9日火曜日


 金鐘道の近くの急な坂道、紅棉路。四角い窓が並ぶ建物は、1969年建築のマレーハウス(美利大厦)。当時は政府施設だったはずだけど、現在は外装はそのまま高級ホテル、ザ・マレー香港となっている。まだ、パシフィックプレイス(太古広場)は拡張工事中で、あちこちに仮設の歩道橋や工事現場の囲いがみられる。

2026年6月8日月曜日


 香港動植物公園への道

2026年6月7日日曜日


 正面奥の建物は、香港上海銀行・香港本店ビル。英国の建築家、ノーマン・フォスター設計で1985年に完成、風水を重視した設計なので風通しが良い。アール・デコ調の方は中国銀行の旧本店ビル。1950年建築。今から考えれば、1990年代のパワーバランスを象徴する一枚だった。

2026年6月6日土曜日


 同じく香港動植物公園、大噴水。背景の半円形のベランダが並ぶビルは、やはり地利根德閣(Tregunter Towers)。

2026年6月5日金曜日


 もう一枚、都会のオアシス、香港動植物公園。

2026年6月4日木曜日


 1990年頃の香港。中環の裏手、山の斜面に広がる香港動植物公園。背景の高層マンションは当時の最高級マンション、地利根德閣。このあとに最高層のタワー3が建設されるはず。

2026年6月3日水曜日


 蘭州での最後の一枚。黄河に架かる中山橋。

2026年6月2日火曜日


 牌楼門から黄河の対岸を望む

2026年6月1日月曜日


 白塔山公園の入り口にある牌楼門。今ではこの辺りもすっかり整備されて、例のごとくライトアップなどされているらしい。

2026年5月31日日曜日


 蘭州市内、黄河に架かる鉄橋、中山橋。この橋が建設されたのは1907年、清代とのこと。黄河の対岸に見えるのは白塔山。奥に見える工場地帯は、今では近代的な高層ビルに姿を変えているらしい。

2026年5月30日土曜日


 そして、タクシーがエンジントラブルで停止。

2026年5月29日金曜日


 蘭州中川国際空港から蘭州市内へ。空港は市内から60km以上離れているので、タクシーで一時間ほど...のはずなのだけど。

2026年5月28日木曜日


 今はなき、西安西関空港。城壁からわずか数キロ。歩けなくもないところにあった。1991年8月に現在の咸陽国際空港の開港に伴い閉鎖されたということなので、この写真は閉鎖される寸前だったことになる。梁に掲げられたスローガンは「安全第一 改善工作 争取飛行正常」。まあ、サービスも、定時運行も、まだまだ...の時代ではあったのだけど。なにしろ、中国民航(CAAC)が唯一の航空「会社」であったのだから。

2026年5月27日水曜日


 1990年代半ば、西安市内、東大街。肯德基(ケンタッキーフライドチキン)の西安一号店が写っている。その横には、歌舞庁・KTV。改革開放...

2026年5月26日火曜日


 興慶宮公園の湖。この頃の中国の公園というと、こんな雰囲気だったと思う。

2026年5月25日月曜日


 西安市内、興慶宮公園にある阿倍仲麻呂記念碑。興慶宮公園は玄宗皇帝と楊貴妃が暮らした宮殿ということで、仲麻呂もここで仕事をしていたとのこと。記念碑は1979年に日中友好の象徴としてつくられたもの。

天の原 ふりさけみれば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも

2026年5月24日日曜日

楊貴妃の浴槽、御湯遺跡陳列館に入るための列に並ぶ人々。この時は知らなかったのだけど、唐代の浴室、楊貴妃の蓮華湯や玄宗皇帝の九龍湯が発掘、一般公開されたのは1980年代半ばのことらしい。この写真が1990年頃だから、人気の観光スポットになっていたのだろうと思う。左手のパラソルは、記念品やお土産の販売スタンドのはず。建物内部の浴室は撮影厳禁で、内部のようすを収めた写真が欲しかったら、絵はがきセットを買うしかなかった。黒い革ジャン、ピンクのトレーナー、透明の雨合羽に、「公厠」の看板。時代を物語る。



 

2026年5月23日土曜日


 もう一枚、雨の華清池。

2026年5月22日金曜日


驪山のふもとに位置する華清池にある九龍池。 唐の第6代皇帝・玄宗が楊貴妃のために造営した宮廷温泉離宮。建物は、唐代の宮廷船を模しているらしい。現在はこんなにのんびりした雰囲気ではなく、長恨歌がイルミネーションつきで上演される「観光地」になっているらしい。どこもかしこも。楊貴妃が実際に使っていたという浴室も見学できたのだけど、残念ながら撮影厳禁。



 

2026年5月21日木曜日


秦始皇兵馬俑博物館。兵馬俑建築を示した情景ジオラマ。そういうものかと眺めていたけど、「労働者階級を搾取する社会であった古代」を示していて、ここにも当時の中国の政治方針が反映されている。



 

2026年5月20日水曜日


 西安市内から兵馬俑(秦始皇帝陵博物院)へ向かう。市内を抜けると田園風景が続く。

2026年5月19日火曜日


 雨の西安市内。左側の黄色い入り口は「秦始皇兵馬俑」関連の博覧会場。たぶん、ほんものの兵馬俑博物館に向かう途中。手前の白い車は当時の高級車、サンタナ。

2026年5月18日月曜日


 同じく大雁塔からの風景。自由市場のあった北方向とは違って、反対側の南側はどこまでいっても田園風景。現在はどうなっているか...と調べたら南側には唐代の町並みを再現した観光地になっていて、三蔵法師の銅像が立つ玄奘広場もできているらしい。観光スポットか。

2026年5月17日日曜日


 大雁塔から眺めた西安市内。中央手前から奥にはしる道路は、大雁塔路。歩道のところに白いカバーが掛かっている。当時の自由市場に設置されていたアーケード。民芸品とか兵馬俑のレプリカが売られていたらしいのだけど、あまり記憶に残っていない。

2026年5月16日土曜日


 真下からみた大雁塔。

2026年5月15日金曜日


 同じく大慈恩寺。写真左側の看板には大きく「中日友好世界平和祈願」の幕。

2026年5月14日木曜日


大雁塔が建つ大慈恩寺。648年、唐の第3代皇帝・高宗が、亡き母、文徳皇后の追善供養のために建立。インドから帰国したばかりの玄奘三蔵が初代住職で、ここで持ち帰った経典の翻訳作業を行っていたらしい。その成果を収めたのが大雁塔。中央に鎮座されているのは釈迦如来とのことだけど、日本の一般的な仏像とは印象が違う。



 

2026年5月13日水曜日


 大雁塔の近く。手前の小屋は写真屋さんだけど、時代を物語る「国営」の文字。

2026年5月12日火曜日


 和平門からまっすぐ南へ。西安のランドマーク、大雁塔。唐代の652年、三蔵法師がインドから持ち帰った経典や仏像を収めるために建立された。7層、64メートルで、各層の屋根のラインが直線的になっているのが特徴。現在はご多分に漏れず、夜間ライトアップのある観光施設になってしまっているらしいけど、90年代はじめは静寂な場所だった。

2026年5月11日月曜日


 90年代初頭、西安市内。城壁の南門(永寧門)から北へ真っ直ぐ伸びる南大街の入り口付近からの眺め。道路の奥に見えるのが西安の中心、鐘楼。左側の建物は西安百貨大楼。建物は近代的なのに屋根は伝統スタイル。なんでも西安の景観条例による制限らしい。青いトラックには「安全第一」の標語。

2026年5月10日日曜日


城壁から眺めた西安市内。

2026年5月9日土曜日


 西安の城壁で行われていた、「古戦船」復元展示イベント。ちょっと、手作り感がある。

2026年5月8日金曜日


 西安の城壁から。Gemini先生によれば、城壁の東側を南向きに撮影した風景らしい。左側に頭がみえる円柱形の高層ビルは城外に建てられた東方大酒店。右側に見えるのは当時の住宅街。前方に見える小さな楼閣は、一定間隔で置かれた守備用の施設、敵楼。黄色いテントは観光客向けの売店・休憩所。今では観光客でごった返しているようだけど、90年代はじめはまだ、ほとんど人のいない空間だった。

2026年5月7日木曜日


 90年代の西安で最も格式が高いといわれていたホテル、西安人民大廈。ソビエト連邦様式で、1953年に完成。西安を訪れる国賓や外国の重要人物が宿泊する最高級ホテルなので、中にも入れなかったような...。手前の看板には、TENNIS GROUNDとかBALLROOM、HEALTH CENTREなどの文字がみえる。現在はインターコンチネンタル系のホテルとして運営されているらしい。

2026年5月6日水曜日


 西安市内のモスク、おそらく西倉清真寺。清真大寺は中国伝統の宮殿様式だけど、こちらは典型的なドーム様式。この形状のモスクが中国国内で再建されたのは、1980年代から90年代のことらしい。

中央に走っているのは当時一般的だった赤い小型車のタクシー、左下にはサイドカー付きオートバイ。右側のカーキ色の制服と帽子というのもいつの間にか見かけなくなった。

2026年5月5日火曜日


 同じく1990年頃の西安市内、繁華街。

2026年5月4日月曜日


 西安、和平門。城壁に3つの大きなアーチが開けられている。近代に入ってから交通の利便性のために新しく切り開かれた門なので、古い時代の門にある楼閣がなく、アーチが複数になっている。門の向こう側は大雁塔へと続く雁塔路。

三輪トラック、三輪バイク、自転車の群れ。もう人民服を着ている人はほとんどいないけど、代わりに赤いスカートの女性、白いシャツの若者。

2026年5月3日日曜日


 1990年頃の西安市内。おそらく東大街のどこか。街路樹、水色のファサード、赤い看板の商店、打ち水のされた道路に自転車。もう失われた風景。

2026年5月2日土曜日


 西安城壁からもう一枚。

2026年5月1日金曜日


 1990年頃、西安城壁の南門、永寧門から北方向を望む。中央の道路は南大街、その突き当たりには鐘楼がみえる。手前の石造りの欄干は明代の城壁。トロリーバスが走っているし、右側には西安百貨大楼のSUPER MARKETという看板が見える。歴史がぎっしり。

2026年4月30日木曜日


 1990年頃の西安市内。ランドマークが写っていないので場所を特定できないけど、メインストリートの南大街か東大街のどこか。

2026年4月29日水曜日

この頃はまだ、小雁塔に上れたのだった。
 

2026年4月28日火曜日


 下からみた小雁塔。地震で二つに裂けたけど、別の地震で元に戻ったという逸話もある。

2026年4月27日月曜日


 小雁塔(薦福寺)の境内。奥に見えるのは売店。絵画と一緒にTシャツがラックに掛かっていたりするのが時代を語っている。

2026年4月26日日曜日


 小雁塔。唐代の義浄が持ち帰った経典を収めるために建てられたとのこと。塔の先端は地震で崩壊している。

2026年4月25日土曜日


 西安にある陝西歴史博物館。1991年に大雁塔近くに移転してしまったということだから、この写真はたぶん、移転直前のものだと思う。

Translate