2026年4月28日火曜日


 下からみた小雁塔。地震で二つに裂けたけど、別の地震で元に戻ったという逸話もある。

2026年4月27日月曜日


 小雁塔(薦福寺)の境内。奥に見えるのは売店。絵画と一緒にTシャツがラックに掛かっていたりするのが時代を語っている。

2026年4月26日日曜日


 小雁塔。唐代の義浄が持ち帰った経典を収めるために建てられたとのこと。塔の先端は地震で崩壊している。

2026年4月25日土曜日


 西安にある陝西歴史博物館。1991年に大雁塔近くに移転してしまったということだから、この写真はたぶん、移転直前のものだと思う。

2026年4月24日金曜日


 同じような風景だけど、もう一枚。

2026年4月23日木曜日


 甘粛省の黄土高原エリア、特に蘭州から西へ向かう河西回廊の入り口付近の風景。

2026年4月22日水曜日


 「シルクロード」というと乾燥した場所をイメージするけど、緑も多い。人が生活しているのだから。

2026年4月21日火曜日


 甘粛省の河西回廊。蘭州から武威や張掖へと続く、古くからのシルクロードの街道沿いの風景。

2026年4月20日月曜日


 場所の特定が難しいのだけど、蘭州から河西回廊へむかう途中のどこか。Gemini先生によれば、伝統的な住居である窯洞が見えるということなのだけど。

2026年4月19日日曜日

思い出した。この頃の鑑真号は大阪南港と上海を結ぶ航路だった。この写真はたぶん南港に入港する直前。

 

2026年4月18日土曜日


 上海を出航したところなのか、神戸港入港なのかもう分からなくなった。

2026年4月17日金曜日


 上海から大阪への船旅、鑑真号から。東シナ海のどこだろうか。

2026年4月16日木曜日


 鑑真号の船首が写っている。大阪・上海間を48時間だったかなぁ。大きな荷物を運ぶ人は飛行機よりこちらを選んでいたと思う。輪行の人もいた。

2026年4月15日水曜日


 上海港国際客運站(虹口旅客ターミナル)の風景。Gemini先生によれば、蘇州河と黄浦江の合流地点から少し北東へ進んだ、虹口区の楊樹浦路付近。現在の国際客運中心とは違う場所らしい。鑑真号の写真も撮っておけばよかった。

2026年4月14日火曜日


 もう一枚、上海大厦からの外白渡橋。

2026年4月13日月曜日


 左側のガラス張りの高層ビルは上海聯誼大厦。上海で最初に建てられた「現代的な」高層ビル。右側の西洋建築物は上海外貿大楼。当時の外灘では一般的な建物だった。新旧の対比。

2026年4月12日日曜日


 中山東一路の大通りを南向きに俯瞰した外灘の風景。上海大厦から撮影したのだと思う。中央奥に、ドーム屋根の旧香港上海銀行ビルと、時計塔のある上海海関。左側には、旧ジャーディン・マセソン商会ビル。

2026年4月11日土曜日


 魯迅公園の近く、上海旧市街の北側に位置する虹口地区。戦前には日本人が多く住んでいた場所だと思う。人民帽、自転車、トローリーバス、もう見ることのない風景。

2026年4月10日金曜日


 魯迅公園の魯迅墓。魯迅の没後20周年にあたる1956年に、万国公墓からこの公園内に改葬され、公園の名前も虹口公園から魯迅公園に変更。後ろの壁にある「魯迅先生之墓」の文字は毛沢東の筆らしい。

2026年4月9日木曜日


 上海展覧中心からの眺め。やっぱり、高い建物は少ない。

2026年4月8日水曜日


 上海展覧中心をもう一枚。

2026年4月7日火曜日


 上海展覧中心。なんだかロシアの雰囲気と思ったら、当時のソ連との友好を記念して建てられたんので、上海中蘇友好大厦と呼ばれていたらしい。左右の赤い看板は、「独立自主 自力更生」と「艱苦奮闘 勤倹建国」。あの頃は国中にこんな感じのスローガンが掲げられていた。

2026年4月6日月曜日


 豫園にある大仮山。奇岩を積み上げた洞窟のような門は、太湖石という石でできているらしい。

2026年4月5日日曜日


 豫園商城。今はだいぶ雰囲気が変わっていると思う。左側の建物は茶館、湖心亭。ジグザグの橋、九曲橋の中央にある。悪霊は真っ直ぐにしかすすめない...という言い伝えからジグザグになっているらしい。

2026年4月4日土曜日


 上海大厦からの外白渡橋。

2026年4月3日金曜日


 蘇州河に架かる鉄橋、外白渡橋越しの上海大厦(上海マンション)。外灘の北端に位置する当時の上海で最も有名な高級ホテル。1934年の建築だけど、いまでも現役らしい。何泊かしたけど、たしか一泊五千円程度だった。当時の物価からすると、現在の日本で一泊数十万円の部屋に泊まる感覚かもしれない。

2026年4月2日木曜日

ライオンしかいなかったわけじゃないはずだけど、なぜか上海雑技団の写真はライオンだけしか残っていない。
 

2026年4月1日水曜日


 上海雑技団

2026年3月31日火曜日


 開発前夜の上海都心部。人民広場の北側から南方向を撮影した写真だと思う。中央奥の細長い塔は、旧・上海電視塔。浦東の東方明珠塔が完成するまでは上海で最も高い建物だった。というより、他に高い建物はなかった...。1990年代に解体されてしまっているらしい。東京タワーのように生き残れればよかったのだけど。
 右側奥は、旧・上海跑馬総会(競馬場クラブハウス)。現在は上海歴史博物館になっているらしい。以前、上海に行った時に歴史博物館にも行ったけど気づかなかった。
 手前の建物の看板には「上海市自動車修理」。並んでいる自動車をよく見ると、今ではもう見られない中国国産車が。


2026年3月30日月曜日


 人民広場から延安東路方向をみた風景。建築中の高層ビルは、上海電信大楼。

2026年3月29日日曜日


 上海芸術劇場。現在は蘭心大戯院と名前を変えて運営されているらしい。2020年からの大規模改修でこの時代とは違う姿になっているようだけど。Gemini先生によると、1931年にイギリス人居留民のためのアマチュア劇団の拠点として建築され、1950年代に上海芸術劇場として上海人民芸術劇院の本拠地となり、1991年に蘭心大戯院に戻ったとのこと。

2026年3月28日土曜日


錦江飯店 北楼(Cathay Mansions)。1929年建設で、石造りのアーチ状の入り口が特徴。今も錦江飯店のメインエントランスとして使われているらしい。百年近い...。この頃は国賓クラス向けのホテルで一般旅行客は近寄るのも憚られる雰囲気だった。

2026年3月27日金曜日


 錦江倶楽部。外灘の南側にあったと思う。「ロング・バー」で有名だったそうだけど、中に入った記憶はない。この写真の翌年、1987年には隣に中国初のKFCがオープンしたというニュースがあったのは時代を感じる。現在もホテルの一部として建物は残っているらしい。

2026年3月26日木曜日


中央奥の建物は、人民広場あたりから撮影した上海音楽庁らしい。Gemini先生によれば、現在は高速道路ができたために空が塞がってしまっているし、上海音楽庁は現存されているものの「水平移動」されてここにはないとのこと。

2026年3月25日水曜日


 もう一枚、上海市内

2026年3月24日火曜日


 この写真もフランス租界のあたりだな。

2026年3月23日月曜日


さすがにランドマークもないし、場所の特定は無理かと思ったのだけど、さすがはGemini先生。公用電話の受話器のマークから「八仙橋」を特定。西蔵南路、淮海中路、金陵中路が交差するあたりらしい。そういえば、プラタナス並木はフランス租界の特徴だった。

2026年3月22日日曜日


上海の中心部、延安東路と西蔵中路の交差点、右側のカーブした建物は大世界と呼ばれた娯楽施設だったらしい。正面奥には古い石庫門様式の集合住宅が見える。 

2026年3月21日土曜日


アール・デコ様式の建物は上海華僑飯店。1920年代の建築らしい。南京東路と西蔵中路が交差するところあたり。緑色のセダンは、中国国産車の上海SH760。タクシーといえば、この車種だったと思う。街中のリヤカーも珍しくなかった。

2026年3月20日金曜日


黄浦江クルーズのお楽しみマジックショー。上海雑技団所属の人だったような。

2026年3月19日木曜日


 まだ航海は続く

2026年3月18日水曜日


 黄浦江。こんなに霞んでいた記憶はないから、やはり写真が色あせているんだな。

2026年3月17日火曜日


 そうだった。「黄浦江クルーズ」というのに出かけたのだった。今でもあるのだろうか。

2026年3月16日月曜日


 もう一枚、船上からの外灘。

2026年3月15日日曜日


上海といえば、外灘。黄浦江の船の上から眺めた風景。中央の時計塔は上海海関。1920年代の建物で、ロンドンのビッグベンがモデルらしい。左奥のドームは、スエズ運河以東で最も豪華な建物と言われた旧香港上海銀行(HSBC)ビル。

2026年3月14日土曜日


 上海、南京路の風景をもう一枚。

2026年3月13日金曜日


1986年の上海。南京東路からの風景。湖北路との交差点あたりか。画面奥の尖塔は老舗デパート「第一食品商店」。手前の西洋建築も含めて建物は現存しているらしい。白い車は、当時普及し始めたばかりのミニバス。そういえば何度か利用したことがあるような気がする。

2026年3月12日木曜日


 上海市内。写真が色あせたせいなのか、本当に霞んでいたのか。

2026年3月11日水曜日


1986年の上海、外白渡橋から眺める蘇州河。霧に霞んでいるのは、暖房に石炭を使っていたからというのは本当だろうか。屋根付きの木造船は江蘇省や浙江省から物資を運んでいたらしい。

2026年3月10日火曜日


上海に戻ってきた。1980年代半ばは、市内をどこにゆくのもトロリーバスだったような。いつの間にか見掛けなくなった。

Translate