2026年8月15日土曜日


 台北で最も有名な夜市、士林夜市。建物は2002年11月に誕生した士林臨時市場(美食廣場)。もともとの士林市場が大規模改修に入ったため、MRT剣潭駅の目の前に作られたプレハブ型の代替施設。2011年末に現在の士林市場へ移転され、この臨時市場があった跡地は現在、台北表演藝術中心になっている。

2026年8月14日金曜日

MRT木柵線の忠孝復興駅近く。レストランなどの縦長の看板が続く。

 

2026年8月13日木曜日

 大安駅から北へ。大安駅と忠孝復興駅との中間あたり。オレンジの垂れ幕「微風雅歌」は新築ロフト付きマンションの広告。

2026年8月12日水曜日

MRT木柵線の大安駅から、南方向の復興南路二段沿い・科技大樓駅方面を撮影。線路の先に見えるのが科技大樓駅。そのずっと先には、文山区や猫空方面の山並み。左下の赤いビルに「朝天鍋」の看板。老舗の上海・江浙料理店だったらしい。2013年からは淡水信義線との乗換駅になっているけど、この一直線の線路は変わらない。

 

2026年8月11日火曜日

南西方面は総統府。日本統治時代の1919年に「台湾総督府庁舎」として完成した建物。中央のタワーが約60メートル。左奥の小さな八角形のドームがある建物は、司法大廈。広い道路は凱達格蘭大道。式典やパレードが行われるのはこのあたり。

 

2026年8月10日月曜日


 左手に中正紀念堂がみえる。中央のオレンジの屋根は国家戯劇院と国家音楽庁。道路がロータリー状になっている中央に見える小さな城門は景福門。

2026年8月9日日曜日


新光人壽摩天大樓から西方向。淡水河にかかる忠孝橋。川の対岸は新北市の三重区、遠方の山並みは林口台地。


2026年8月8日土曜日

 向きを変えて。圓山大飯店が見えるから北方向。

2026年8月7日金曜日

新光人壽摩天大樓から眺めた台北市内。

 

2026年8月6日木曜日


 台北駅前、許昌街と館前路の交差点。左手奥にスターバックス館前店。通りに見えるのは、考友社と全國代書補習班の看板。この辺りは台湾随一の予備校街らしい。

2026年8月5日水曜日


 台北車站北側の市民大道から。右上を覆っている橋脚は、市内を東西に貫く市民大道高架道路。下に見える横断歩道には、信号待ちのスクーターの大群と、MRT台北駅に繋がる地下出入り口。左奥白いビルは、旧・台北市議会のビル。再開発のために解体されてしまったとか...。

2026年8月4日火曜日

台北駅の近く、新光人壽摩天大樓。2002年当時、「台北で」一番高いビル。完成した当時は台湾で最も高いビルだったけど、この頃、高雄85大樓にその座を譲っていた。その後、台北101の完成で、台北で一番の座も明け渡す...

 

2026年8月3日月曜日

 台北老爺大酒店。1984年に台湾初の国際ホテルチェーンとして開業。写真は200年だから、2009年の全面改修工事の前の雰囲気。2014年には英語・日本語名に「ニッコー」が追加されている。

2026年8月2日日曜日


 林森公園の南京東路側にある歩道から。北西の角にはマクドナルド林森一店。

2026年8月1日土曜日


 ホテル・ロイヤル台北の近く、長春路の北側。奥にある信号が林森北路との交差点らしい。高級時計店、中美鐘錶公司や、老舗の美伯大飯店の看板が見える。歩道に停められたヤマハや光陽のスクータが時代を物語る。

2026年7月31日金曜日

Gemini先生によれば、錦州街4巷。林森公園近く、中山北路二段と林森北路の間の路地。緑色の工事用フェンスの中央にある看板には、当時売り出されていたワンルーム・小ファミリー向けマンションの広告で「我的小皇宮 總價258萬(総額258万台湾ドル)」。1台湾ドルが4円弱くらいだったので、一千万円以下。ワンルームとはいえ、台北中心部でこの価格。今だと3千万円では買えないだろう。

2026年7月30日木曜日

台北駅から九份へ。途中バスへの乗換駅、瑞芳駅からの眺め。

 

2026年7月29日水曜日


 台北駅の電光掲示板。

2026年7月28日火曜日

林森北路の交差点。不夜城 KTV 酒店、聲光撞球、鑽石帝國に「マッサージ」。黄色いタクシーはこの頃に統一されたスタイルだったはず。

 

2026年7月27日月曜日

台北・林森北路。老舗ステーキハウス「公爵西餐廳」が写っている。看板には「合豐中小排 咖啡 鋼琴演奏」、生演奏と、ステーキ、珈琲。代客泊車は代理駐車サービス。

 

2026年7月26日日曜日

 台北市内、林森公園。中央にそびえるのは南宋の英雄、岳飛の騎馬像と、朝の太極拳の人々。この写真を撮影した2002年頃は、住宅密集地を再開発している真っ最中だったらしい。

2026年7月25日土曜日


 MRTの改札口。たぶん、台北車站だと思う。2002年はちょうど、悠遊卡が導入された年だけど、改札の対応が間に合っていなくてICカード読み取り機が別付けになっていた。ゲートが三叉回転式になっているのも、もう見られないかもしれない。

2026年7月24日金曜日

ここからは、2002年の台湾。MRTが発達して移動が便利になったのに驚いた記憶がある。
 

2026年7月23日木曜日

2026年7月22日水曜日

 
国立故宮博物院。MRT淡水線の士林駅からバスに乗り換えて十分ほどで行けるけど、1990年代前半までは市内からバスで延々と。

2026年7月21日火曜日

中正紀念堂をもう一枚。
 

2026年7月20日月曜日

Gemini先生によれば、台北松山空港(松山機場)のターミナル前。なんでも、台湾のタクシーが黄色一色に統一されたのは1991年のことらしいので、この写真はそれ以前。正面の建物に懐かしい三洋電機の看板があって時計が12:09を示しているから、調べれば出発か到着か分かるかもしれない。左手には台汽客運のバスが止まっているから、台北に到着したあとすぐに長距離バスで台中に向かったのかもしれない。なんだか雨が多かった記憶はあるのだけど。

 

2026年7月19日日曜日

台北に戻って、中正紀念堂の牌楼。門の中央に 蒋介石の本名にちなんで「大中至正」とあるけれど、2007年に「自由廣場」に書き換えられているらしい。

 

2026年7月18日土曜日


 観音菩薩立像の胎内。

2026年7月17日金曜日

基隆中正公園の観音菩薩立像は胎内に入ることができる。観音様の目の部分から眺めた基隆市内。

 

2026年7月16日木曜日


 基隆中正公園の象徴である、巨大な白い観音菩薩像と狛犬。観音像の高さは約22.5メートルあり、建立された当時は「東南アジア最大の観音像」とも言われたらしい。

2026年7月15日水曜日

基隆中正公園・主普壇。旧暦の7月(鬼月)、地獄の門が開いてこの世に戻ってくる孤魂をもてなしし、慰めるためのお祭りが1ヶ月にわたって行われるらしい。
 

2026年7月14日火曜日


 基隆市忠烈祠の大牌楼。日本統治時代には基隆神社であったとか。

2026年7月13日月曜日


雨の基隆港。一年中、雨が多いので台湾では雨港と呼ばれているらしい。 

2026年7月12日日曜日


 中正公園から眺めた基隆港。色あせたコンクリートの四角いビルが谷間を埋め尽くす台湾の古い港町。港内には巨大な貨物船。対岸の水平線近くにはガントリー・クレーンが並んでいる。

2026年7月11日土曜日


 中部横貫公路の車窓からの太魯閣渓谷。手掘り洞門である九曲洞がみえる。左手前には、走っているバスのすぐ脇のガードレールと、赤枠の「落石注意」の道路標識。

2026年7月10日金曜日


 時間がなくて立ち寄れなかったと思っていた日月潭、バスの車窓からの一枚が残っていた。リゾート化される前の日月潭、行っておけばよかった。

2026年7月9日木曜日


 台湾横断ルート。おそらく、南投県仁愛郷の霧社・清境の渓谷。右手前の宮殿風?の建物は、当時一般的だった政府直営の宿泊施設。谷を挟んだ向こう側の斜面には開墾された場所や、小さな集落がみえる。高冷地野菜畑や高山茶の茶畑らしい。

2026年7月8日水曜日


 台中からの台湾横断ルートのどこか。写真がだいぶ、ぶれている。

2026年7月7日火曜日


 埔里鎮でであったお祭りの行列をもう一枚。トラックの荷台の上に、きらびやかな装飾が施され、その上に神様や、西遊記や三国志の登場人物の衣装をまとった人形を載せた「藝車」。それを追いかけるバイクの人々が時代を物語る。

2026年7月6日月曜日

 

台湾横断の途中。南投県仁愛郷、霧社のあたり。標高は1000メートルくらい。手前にひろがるのは、檳榔の林。あの頃は、誰かが血でも吐いたかのように道路がビンロウで真っ赤になっていた。向こうに見える山々は標高2000メートルくらいのはずだけど、頂上まで緑がひろがっている。


2026年7月5日日曜日

九族文化村からもう一枚。
 

2026年7月4日土曜日


 台湾中部の南投県魚池郷、九族文化村の祭典広場。黒や紺をベースに黄色やオレンジの幾何学的な刺繍を施した衣装をまとった男性たちは、台湾南部に暮らすパイワン族やルカイ族の人々。この時は日月潭には交通が不便で行かなかったと思うけど、2009年には日月潭湖畔までのロープウェイが開業して大規模なアミューズメント・パークになっているらしい。

2026年7月3日金曜日


 南投県埔里鎮は、台湾横断ルートである中部横貫公路へ入る手前にある中継地。中央にある緑の看板「富光農藥行」は農薬のお店。中央に黄色いシャツを着て笠帽子をかぶった男性と、「巨大な茶色い牛の形をした張り子。台湾の伝統的な宗教行列である牛犁陣という伝統芸能の出し物らしい。


2026年7月2日木曜日


 1990年代初めの台中市。Gemini先生によれば、北屯区の北屯路と昌平路の一段が交差する交差点で、現在の北屯総合市場のすぐ近くらしい。左側の「三光鵝肉」は老舗のガチョウ肉専門店。その下の「姜母鴨」はアヒルの生姜鍋。真ん中の派手な「抓狂事件」看板は、分譲マンションの広告。「大事件だ!常識破りの超低価格で、2部屋から5部屋ファミリー向けの間取りを売り出すぞ!」ということらしい。道路をまたぐように、電線に赤いランタンと、たくさんの小さな三角旗。近くの廟のお祭りだったか、商店街の売り出しか。

2026年7月1日水曜日


 写りが良くないけど、もう一枚、太魯閣渓谷。雨が降っていたような気がする。

2026年6月30日火曜日


 太魯閣渓谷。観光客が歩いているのが見えるのは、崖の横腹をくり抜いて作られた細い一本の道、九曲洞。地震や土砂崩れで地形が変わったり、コンクリートの補強壁が増えてしまっているらしいので、この景色はもう見られないのかもしれない。


2026年6月29日月曜日


 花蓮県忠烈祠の境内から。左側が本殿の一部。中央奥に見えるのが牌楼、その向こうには1990年頃の花蓮市内。

2026年6月28日日曜日


美崙渓のすぐ下流に架かる尚志橋から、北側の山肌を見上げて撮影。白地に赤柱、そして中国伝統の美しい屋根を持つ大牌楼は、花蓮県忠烈祠への入り口。



 

2026年6月27日土曜日


花蓮市の中心部を流れる美崙渓。手前には家庭菜園、奥には台湾水牛がのんびりと。


 

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