2026年4月10日金曜日


 魯迅公園の魯迅墓。魯迅の没後20周年にあたる1956年に、万国公墓からこの公園内に改葬され、公園の名前も虹口公園から魯迅公園に変更。後ろの壁にある「魯迅先生之墓」の文字は毛沢東の筆らしい。

2026年4月9日木曜日


 上海展覧中心からの眺め。やっぱり、高い建物は少ない。

2026年4月8日水曜日


 上海展覧中心をもう一枚。

2026年4月7日火曜日


 上海展覧中心。なんだかロシアの雰囲気と思ったら、当時のソ連との友好を記念して建てられたんので、上海中蘇友好大厦と呼ばれていたらしい。左右の赤い看板は、「独立自主 自力更生」と「艱苦奮闘 勤倹建国」。あの頃は国中にこんな感じのスローガンが掲げられていた。

2026年4月6日月曜日


 豫園にある大仮山。奇岩を積み上げた洞窟のような門は、太湖石という石でできているらしい。

2026年4月5日日曜日


 豫園商城。今はだいぶ雰囲気が変わっていると思う。左側の建物は茶館、湖心亭。ジグザグの橋、九曲橋の中央にある。悪霊は真っ直ぐにしかすすめない...という言い伝えからジグザグになっているらしい。

2026年4月4日土曜日


 上海大厦からの外白渡橋。

2026年4月3日金曜日


 蘇州河に架かる鉄橋、外白渡橋越しの上海大厦(上海マンション)。外灘の北端に位置する当時の上海で最も有名な高級ホテル。1934年の建築だけど、いまでも現役らしい。何泊かしたけど、たしか一泊五千円程度だった。当時の物価からすると、現在の日本で一泊数十万円の部屋に泊まる感覚かもしれない。

2026年4月2日木曜日

ライオンしかいなかったわけじゃないはずだけど、なぜか上海雑技団の写真はライオンだけしか残っていない。
 

2026年4月1日水曜日


 上海雑技団

Translate