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2026年2月8日日曜日


昆明から到着した直後のはずだから、啓徳空港近辺だと思う。 

2026年2月7日土曜日


たぶん、昆明の空港。昆明から他の都市へ移動するチケット、鉄道も飛行機も全然とれなかった。結局、昆明から「国際線」で香港へ向かう。

2026年2月6日金曜日


 昆明動物園のパンダ。そんなに好待遇の環境で暮らしていたわけではなかったような。

2026年2月5日木曜日

こちらも、龍門へ向かう途中。つまり、登竜門へ至るにも休息所はある、と。

2026年2月4日水曜日


龍門への上り口。写っている人の服装、やっぱり人民服だな。中国で人民服が一般的に着用されなくなったのはいつ頃からなんだろう。

2026年2月3日火曜日


昆明の西山にある道教の石窟、龍門。登竜門の語源になった場所らしい。滇池の景色はここから撮影したものだったか。

2026年2月2日月曜日


 Geminiによると、

昆明市西部の有名な景勝地、西山・龍門(せいざん・りゅうもん / Xishan Longmen)から見下ろした景色。

場所: 標高約2,500mの西山の崖に彫られた「龍門」の展望台付近から撮影、

湖の名前: 下に広がっているのは、昆明の母なる湖、滇池(てんち / Dianchi Lake)。

2026年2月1日日曜日



サニ族の伝統舞踊。町中でも女性は伝統衣装で歩いていたけど、普段着ではなく、観光客向けなんだろうなぁ。

2026年1月31日土曜日


洞窟。あまり記憶にないけど、山に登る途中にあったような気がする。

2026年1月30日金曜日


少し高い所から。写真があまり鮮明では無いけど、林のように見えるのは石柱。この風景をみると、石林という名も納得。

2026年1月29日木曜日


石林、必ずしも岩ばかりではない。緑の多いところの方が多かったような気がする。

2026年1月28日水曜日


そして、石林。その名の通り、石の林。貝殻が堆積して石灰岩に。その後、隆起して侵食・風化して石林が形成された...と一言で言っても、雲貴高原が海の底だったとは信じられない。

2026年1月27日火曜日


もう一枚、陽宗海。 

2026年1月26日月曜日


こちらも陽宗海あたり。服装と自転車が当時を物語っている。

2026年1月25日日曜日


陽宗海という湖だと思う。この写真を撮影した1980年代後半はきれいな湖だったのだが、いま調べると2008年にはヒ素汚染のニュースが報じられている。改善して元のきれいな湖に戻っているといいのだけど。

中国・雲南省の絶景湖、工業廃水でヒ素汚染(AFP)

2026年1月24日土曜日


バスの停留所。昆明市内から石林に向かう途中のどこか。ちょっとしたマーケットになっていたのだと思う。なにか果物を買ったかもしれない。

2026年1月23日金曜日


昆明から石林へ向かう。正式には雲南省石林イ族自治県。今になって地図を眺めてみると、昆明市の「郊外」くらいの距離しかない。ずいぶん長い時間、バスに乗った気もするのだけど。

2026年1月22日木曜日


山道。ガードレールもない道でバスやトラックがすれ違う。対向車が来たら、どちらかが道を譲るしかないのだけど、クラクションの音が大きい方が勝つという話があった。クラクションの音が大きい車は大型で高性能の新型車である可能性が高いから...。大きな事故は見掛けなかったけど。 

2026年1月21日水曜日


同じく筇竹寺のはず。探したけれども、五百羅漢の写真はみつからない。撮影禁止だったのか、そもそも当時は興味がなかったのか。

2026年1月20日火曜日


寺の名前が分からなかったので、Geminiに聞いてみた。昆明市西山区玉案山にある筇竹寺。40年ほど前の写真だけど、写っている方々の服装以外は最近の写真と変わっていようだ。

開基は南宋時代。五百羅漢像で有名。十方叢林は宗派を問わずに修行僧を受け入れる禅寺を示すと。柱にある言葉は、

左側: 「天開勝境犀牛表異筇竹傳奇」(天が勝境を開き、犀牛が異を示し、筇竹が伝説を伝う)

右側: 「地座靈山白象呈祥青獅獻瑞」(地は霊山に座し、白象が祥を呈し、青獅が瑞を献ず)

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