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2026年1月7日水曜日


夜の桂林駅。火车で、桂林から昆明へ。桂林は鉄道路線としては不便な位置にあるので、切符を入手するのが難しかった。なにしろオンライン予約なんていうテクノロジーはない時代なので、各駅に列車毎の切符が割り当てられていて、それを駅の窓口に並んで入手するしかなかったのだ。まあ、怪しい兄ちゃんたちが街中で怪しい切符を売っていたのだけど。

2026年1月6日火曜日


 鵜飼い。だったのかどうか分からないけど。

2026年1月5日月曜日


 南国の雰囲気はあるけど、やはり冬は寒い。

2026年1月4日日曜日


  漓江、水は澄んでいた。本当の水質はどうなのかわからないけれど。

2026年1月3日土曜日


 漓江の旅は続く。まだ自動車が一般的ではなかったはずだけど、この辺りに住んでいる人はどういう暮らしをしているのだろうとぼんやり考えていた。

2026年1月2日金曜日


 漓江の観光船はだいたい、こんな漢字の船だった。改革開放政策が始まってからまだ10年も経っていない頃なので、やはり中国国内の観光客の方が多かったと思う。

2026年1月1日木曜日


 いよいよ、漓江。確かに水墨画のような風景...なんだけど、広州から船で桂林までやってきたので、やっぱりこの風景かという気もしないでもなかった。

2025年12月31日水曜日


 桂林飯店、現在はどうなっているのだろうかと思ってGeminiに聞いてみたら1988年に立て替えられて桂林喜来登飯店になっていると。この写真はたぶん1987年だから、建て替えられる直前ということになる。ここがリニューアルして、豪華なシェラトンに生まれ変わったとは信じられないのだけど。
こっちは、Geminiが描いた現在の桂林喜来登飯店。


2025年12月28日日曜日

桂林の招待所から。もう、この風景がどこのものかも分からなくなってしまっているだろう。

2025年12月26日金曜日

この頃の道路工事、機械はほとんど見掛けなかった。ずっと人間が掘っているのか...と感心していたのを覚えている。今になってよく見てみると、背景の山がもう桂林らしくなっているな。

2025年12月25日木曜日

梧州から桂林へ向かうバスからの風景。この頃、牛肉と言えば水牛の肉だったという話があったのだけど、本当にそうだったのだろうか。確かに嚙みきれないゴムのような肉が多かったけど。

2025年12月24日水曜日

梧州から桂林へ向かうバス。途中休憩が何度かあった。この時代の地方のトイレは...。

2025年12月23日火曜日

広州から船とバスで桂林へ向かう途中。中継地点の梧州。建物の上に掲げられた文字が分からないからChatGPTに聞いてみた。やはり1980年代にこの経路だと梧州だろうと。柳州経由というルートもあったらしいけど、それだと陸路のはず...。ここからバスで桂林へ向かったのだった。

2025年12月21日日曜日

広州から桂林へ向かう舟からの景色。途中バスでの乗り継ぎと船中一泊だったと思う。

2025年12月20日土曜日

こちらも広州のどこか

2025年12月19日金曜日

たぶん、広州の駅前。到着して直ぐに町を離れてしまったから、広州の記憶はほとんどない。

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